オブジェクトな分析
上智大学 伊藤 潔
2005年9月30日
「問題な日本語」という,「日本語として問題なタイトルを意識して付けた」本が評判になっています.
北原保雄:問題な日本語 〜どこがおかしい?何がおかしい?〜,大修館書店,ISBN
4-469-22168-6,2004.12 19.
身のまわりで,この手の例を探してみました.たくさんありました.例えば,
「オブジェクト指向分析に関する本を読んで,対象システムのオブジェクトな分析を進めました.」,あるいは,「今回のシステム分析では,オブジェクト指向な方法を採用しました.」
「前代未聞な出来事」
「今日の配布物は,力作な資料です.」
「骨太な論述です.」 などなど.
問題の第一は,形容動詞には使えない名詞の「問題な」用法です.
形容動詞の場合,「な」を取り除いた部分は,「状態や性質の程度を表す」名詞です.形容動詞は語尾が次のように変化します.
未然形 だろ
連用形 だっ,で,に
終止形 だ
連体形 な
仮定形 なら
命令形 <無し>
形容動詞らしきものは,ほとんど上のように変化しますが,おかしな言葉は,連体形がおかしいようです.「オブジェクトだ」とは言うけれど,「オブジェクトな」は言わない.「オブジェクトな」が明らかに誤りなのは,名詞「オブジェクト」が決して「状態や性質の程度を表す」名詞ではないからです.「オブジェクト指向な」の「指向」も,同様に「状態や性質の程度を表す」名詞ではありません.同様に,「問題な」が変なのは,名詞「問題」が決して「状態や性質の程度を表す」名詞ではないからです.「前代未聞な」も未聞は聞いていないということだから,その程度を表してはいません.
本来は,「オブジェクトな」は
「オブジェクトを使った,オブジェクトに基づいた」,「オブジェクト指向な」は,「オブジェクト指向的な,オブジェクト指向による」,「問題な」
は,「問題のある,問題の」,「前代未聞な」は「全体未聞の」でしょう.
「最適な,巨大な,膨大な,極大な,極小な,最大な,最小な,力作な,骨太な」などはどうかというと,これらは,名詞が「状態や性質の程度を表す」名詞に見えます.ですが,全部は,形容動詞とは言わないようです.
問題の第二は,形容動詞自体の位置づけの揺れと,その言葉の認知度合いによって,「な」が付いても別に何とも感じないか,変と感じるかの違いのようです.
形容動詞については,それを品詞とするかしないか,議論があるそうで,正確にたどることは,やめますが,形容動詞かそうでないかの線引きが難しいからのようです.
形容動詞について,次の記述が辞書に書いてありました.
金田一京助:新明解国語辞典(第5版) ,三省堂,ISBN 4-385-13143-0,1997.12
を参照すると,編集方針の名詞,副詞の形容動詞としての用法で,「雅馴と認められるものに限り,網羅を宗とはしなかった.」と書かれており,雅馴(がじゅん)とは,「用語,用法などが伝統に合致してい(上品な印象を与え)て,人前で使うのに値する様子」ということです.
上の事柄は言葉としての認知度合いを意味していると思います.「最適な,巨大な,膨大な」は,形容動詞が品詞として認められているとして,明らかに形容動詞として日常使います.「極大な,極小な」は,分野によっては使っているようです.しかし,一般的に使われているかどうかは,はっきりしません.その分野でも,「最大な,最小な」は,抵抗があるようです.
また,「力作な,骨太な」は,最近,聞こえるようだけれども,言葉としての「伝統に合致」しているかどうか,疑問です.
要するに,名詞に「な」が付きそうでも,形容動詞として認知,あるいは,単に言葉として認知されていうかどうかは,微妙です.多くの人が違和感なくその言葉を使えば,認知されるということでしょうか?国が選定するようなものでもないし,辞典に掲載されているかどうかでもないし,この辺が,自然言語の自然言語たる所でしょうか?
(^oo^) 「骨太な」が形容動詞に見えるけれど,「骨太」という言葉は,以前からあったのでしょうか? (^oo^)
<2008年冬追記> 最近,「小型な」機械,「大型な」装置という言葉を見聞きしましたが,どうでしょうか? 小型の機械,小型機械,大型の装置,大型装置でよろしいのではないでしょうか? 「な」が付くと,必ずしも断定していない嫌いがあります.
<2009年春> 「大型な」買収という言葉も聞こえました.