定義されているから,深入りしない,定義すれば,その意味で使えば良いのだ,という議論もあります.しかし,言葉は,新語でもない限り,元々の意味を踏まえて使われており,また,時には類推や派生をさせて,新しいものに,名前を付けていくものです.
まず,英語のabstract,extract,subtractを,下記を参考にして,分析します.
★リーダーズ英和辞典,研究社, 2000.05,ISBN: 4-7674-1242-0.
★英語語義イメージ辞典,政村 秀実, Paulus Pimomo, 大修館書店, 2002.05,ISBN: 4-469-04160-2.
(1)abstract
absは,外に,離脱,分離という意味があり,後ろの単語によっては,”ab”となる,もともとは,ラテン語からの接頭辞です.tractもラテン語で,to
drawの意味です.外に引き出す,という意味になります.
(2)extract
exは,外に,out
ofという意味のラテン語からの接頭辞です.外に引き出す,取り出す,という意味になります.
(3)subtract
subは,下,下位という意味の接頭辞で,(おそらく)値を下に引き下げる,という意味で減算の意味になります.
さて,abstractやabstractionを,「抽象」と訳すときの「象」とは,かたち,姿,かたどりを意味します.「抽象」は,「かたち,姿,かたどりを外に引き出す」を意味します.これは,対象としているものを特徴づける重要な性質を取り出すことです.一般的ではありませんが,文脈によっては,「抽出」と訳してもいい場合もあります.
abstractionは,「抽象化」で,対象の振る舞いや特性を決定する,本質的な重要な性質を抽出することです.枝葉末節な事柄や実現方法は表に出さない,ということです.曖昧にするとか,現実離れというような意味を強調すべきではありません.
形容詞abstractは,「抽象的」ですが,意味合いは「曖昧な」とは限りません.動詞abstractは,「抽象化する,抽出する,取り出す」です.
抽象データ型は,データ構造の詳細ではなく,そのデータ構造を特徴づける操作が,例えば,スタックなら,データアイテムを上に置くpush「プッシュ」操作と,上から取り出すpop「ポップ」操作という,2つの操作がスタックというデータ構造を象(かたど)っている,ということで,「抽象」なのです.
抽象データ型は,データの型を,整数型や実数型のような物理的な性質で定義するのではなく,そのデータをアクセスする関数や操作を列挙して論理的に定義することです.データの定義の枝葉末節な事柄や実現方法,関数や操作の実現方法は表に出しません.
抽象という日本語は,事物が一般的にとらえられているという意味と,具体性がない,曖昧という意味があります.abstractも曖昧という意味がありますが,日本では,日常,「一般的」という意味を捨て曖昧という意味を強調することが多々ありますので,注意が必要です.
論文のアブストラクトは,明らかに,論文に書いてある重要なことを抽出したもの,論文概要です.曖昧であってはいけません.
ちなみに,美術の抽象画は,画家が感じた本質的なものを取り出して絵画として表したものです.
両方ともabstractionの訳である,抽象と捨象については稿を改めます.
abstract data type | 抽象データ型 | ||
abstract | 抽象化する,抽出する,取り出す | ||
abstract | 抽象的な,(曖昧な) | ||
abstraction | 抽象化,抽出 | ||
extract | 外に引き出す,取り出す | ||
subtract |
減算する, 値を下に引き下げる |
||