情報処理基礎教育 − 理系・文系を問わず何を学ぶべきか
上智大学 理工学部
<現在> 機械工学科 情報システム講座
伊藤 潔
1992年1月
<上智通信>
1984年度から情報科学の講義を専任の私1名と兼任の4名(機械工学科から)の協力で,毎年,約600名の文系学生に対して行っている.また理工学部機械工学科や同大学院の専門教育科目としてハ−ドウェアとソフトウェアのシステムの講義も受け持っている.いずれにしろ,対象は情報工学科(上智にはない)の学生ではなく,将来もどちらかというとユ−ザとして計算機に接する学生である.彼らの多くはそれぞれの専門をもち,その中で計算機を使いこなして情報処理を行う可能性のある人達である.これまでの講義を踏まえて,今後共どのような観点から理系・文系を問わず情報処理基礎教育を行うべきかを述べる.
情報処理基礎教育(コンピュ−タリテラシ教育ともいう)の目的を,単に読み書き算盤ができる程度に計算機を使うこととするのは十分ではない.感覚に訴えるビュジュアルな文化の中で育ってきた多くの学生達は,たとえ初心者でも,キ−ボ−ドやワ−ドプロセッサを使いこなすようになるための時間はあまり必要としない.情報処理基礎教育としての重点は,与えられた問題の分析,問題を解く処理手順の設計,計算機を使ったシステム化の方法という,情報処理に関わる基礎的な考え方を学ぶことである. 問題の分析,処理手順の設計,システム化とは何かについて,銀行の自動預金・払い戻し機で例示しよう.そこでは,預金・払い戻しのいずれかを指定し,もし払い戻しなら,カ−ドを投入し口座番号を読み込ませた後,暗証番号を入力すると,計算機内部の台帳ファイルと照合される.払い戻し額を入力すると,残金が確認され支払われる.この手順は当然のように思うが,計算機を使って行員ではない一般のお客に自分で操作させるシステムを開発しようとした時に,このように分析された手順は果たして初めから本当に自明であったのであろうか.
講義ではこのような大きな例を扱わないが,与えられた問題を解くために,どのようなデ−タをどのような順番で入力するか,入力されたデ−タについてどのような処理手順(アルゴリズムという)で,どのようなデ−タファイルを使って処理するかを,初めは大ざっぱに,徐々にきめ細かく正確に分析・設計する.そこでは,どうすれば機能的にうまくいくのか,どうすればユ−ザにとって使いやすいのか,どうすれば無駄な時間や資源を使わないで済むのか,を考慮する必要がある.この分析・設計・システム化の方法は,一見自明と思われるが必ずしも平易なものではない.これを会得することが情報処理の基礎を学ぶことになる.
プログラミング言語やソフトウェアパッケ−ジは単なる道具である.それらの使い方の習得は重点ではない.キ−ボ−ドやワ−ドプロセッサの習得と同様にあまり時間は必要としない.上の観点を堅持すれば,道具としてFORTRAN,PASCAL,C,BASIC,PROLOG,LOTUS,SPSS他,何であってもよい.
このような観点の情報処理基礎教育と並行して,個々の専門分野で計算機を使用する情報処理専門教育−例えば,理系では数値計算法,社会科学系では統計計算法等−が位置づけられることが望ましい.
私の研究室では,機械工学科からの卒研生や大学院生が,より情報工学に近いテ−マで研究を行っているが,情報処理に対してより専門的であるか否かにかかわらず,この学生達に学んでもらいたいことも,上で述べたことと実は同じである.